コラム
ホーム≫
【 Column:コラム ③ 】

「協同組合脳」と「ビジネス脳」の葛藤を超えて

◆経営上の意志決定と2つの「脳」
最初から、大げさなタイトルで申し訳ありませんが、2つの脳のどちらも経営上の意志決定には必要で、どちらを優先すべきか、いつも悩まされてきたのが、JAのコンサルティングでした。
JAの経営上の判断、意志決定においては、企業経営と同じように、データ分析や調査結果などをもとにして、論理的で、客観的、実証的に課題を明確にした分析的思考、いわゆる“ビジネス脳”を使って提案します。でも、JA内部の経営会議での理解がなかなか得られないとか、理事会では反対意見ばかり、といった苦い想いをした時期もありました。
勤続年数の長い職員や理事のみなさんの多くは、JAが利益を追求しない非営利組織であること、組合員に対しては、すべて「平等な条件」で、一律な方針、価格、手数料率は当たり前と考えています。JAは民間の会社とは違う、利用量や金額が大きくても割引はしないのは当然である、という強い信念をもって、経営の方針やあり方を論じます。「協同組合は、こうあるべし」という考え方を優先します。これを“協同組合脳”と考えています。
どちらが正しいかではなく、これまでのJAは、協同組合脳とビジネス脳をうまく活用し、歴史を重ねてきたように思います。しかし、経営者のホンネには、去年よりも利益を増やしたい、配当もしたい、給料もあげたい、でも価格は上げられない、手数料率も上げられない、非営利組織だから。何とか、組合員にも職員にも喜んでもらえる経営にしたい、協同組合らしさを発揮したい、との思いもあるのです。この2つの脳の葛藤が、JAの経営者にはあったように思います。

◆ビジネス脳での思考と決断が必要な「問題」
かつて、ビジネス脳で考えなければ、こんな大きな問題の解決は難しかった、と思われる現象への対応のケースを紹介します。
大口利用の組合員の貯金や融資、経済取引などが大きく減少し、管内の競合先の会社との取引に換わってしまう事態の発生です。また、経営規模の大きい農業経営者のJA脱退もあり、経済事業や販売事業の利用量や金額が急減してしまう、といった問題への対応です。こうした現象は、連鎖を生むからです。
協同組合の“大原則”である、組合員は平等で、価格や手数料率は一律であるべきだ、という判断があったからです。この方針を代えた後でも、その組合員は戻ってきませんでした。この時、組織運営上の「平等」は堅持すべきだが、事業上は「平等」ではなく、「公平」を優先して考えるべきである、ということを役職員とともに学びました。25年ほど前のことです。
また、支所や経済事業施設の再編・統合などを考える場合も、実際の利用者数や利用内容などの実績や経営状況などのデータ分析を行い、競合関係の調査結果やマーケティングなど総動員し、ビジネス脳を優先させて、このままでは、このような経営上の危険性が存在するという報告書を作成します。それをもとにした提案書を提出します。しかし、JAの経営会議や理事会において、そう簡単に理解は得られません。
コンサルの提案に対して、組合員の利便性を優先し、利用を増やせばいい、この店舗は歴史的な意味もあり、再編・統合は、むしろJAの利用を大きく失い、組合員との信頼も失いかねない、という大きな反対論が巻き起こります。再編・統合は、時期尚早であるとの結論に至った事例もあります。この反対論の背景には、協同組合脳での思考があり、ビジネス脳で物事を思考する、損得や利益で経営判断することへ批判的な思いが強かったように思います。

◆いまは、ビジネス脳一辺倒の傾向で疑問も
このように、常にJAの経営的な判断には、2つの「脳」の葛藤があり、どちらかといえば、コンサル屋の私は、ビジネス脳の代表で調査し、提案する立場で、経営会議や理事会では多勢に無勢のなか、憎まれ役を演じてきたように思います。
ただ、ビジネス脳での実証的で論理的な分析、組合員や農業経営だけでなく、地域のマーケットの変化も予測しながら、5年先、10年先を見すえた方針や提案でした。なので、若い理事、農業経営者の理事からは、前向きな質問や賛成もいただきました。JAの中堅・若手職員からも歓迎されました。これまでの慣習や「原則」最優先での物事の判断では、10年先が見えない、不安が大きい、と話す職員も多かったのです。
最近、「経営の健全性の確保」が強調され、指導機関からは10年後の経営シミレーションが示され、利益減が必須である、だから、計画的に経費の削減を行うしかない、とネガティブな発想で、何から費用削減の手をつけるかを考えている経営者も少なくないでしょう。
こうなると、協同組合脳の出番は少なくなり、ビジネス脳で考え、検討せざるを得ない、といった傾向が強まるでしょう。組合員や農業経営者には、好ましくない収益性向上一辺倒の経営判断となってしまう危険性も生まれてきます。
ビジネス脳で考える事業・経営の論理と、協同組合脳で考える論理のいずれを優先すべきなのか、という”葛藤“がなくなり、ビジネス脳での判断が優先されます。これまでは、コンサルはビジネス脳で、JAの会議でも少数派、実証的な分析思考で議論を仕掛けてきたのですが、いまは、反対に、協同組合の特性を活かすべきである、と協同組合脳での思考と検討の重要性を主張し、ビジネス脳を活用して論理化しなければいけないと思うこの頃です。

(伊藤喜代次)

【 Column:コラム ② 】

「強み」を伸ばすことを優先しよう
〜SWOT分析のSとOで考える〜

昭和の経済成長の時代には、どのような企業も組織も成長度の違いはあっても、右肩上がりで事業が伸びていましたから、組織内の問題や障害を取り除くことが、何よりも重要と考えられていました。そこで、組織の事業活動に関する問題点や欠点、ダメなところは何か、を見つけ出して、その改善を優先せよ、とするところが多かったのです。なかには、問題発見能力こそが職員の重要な能力だ、などという経営者もいました。
というのは、本源的に、問題を取り出し、それを解決するか、改善することで、組織は良くなる、実績は上がる、という思いを抱く経営者・管理者が多かったのです。
現代社会において、問題を解決すれば、組織や経営は良くなると信じている経営者や管理者はいないでしょう。問題は深掘りしても改善策しか生まれないことも理解されてきました。実績を伸ばし、成果を上げるためには、将来を見通し、いかに自分たちのストロング・ポイント(強みや得意なところ)を活かすかを優先すべきであることは、広く理解されてきています。
30年ほど前から、管理者研修などで必ず学ぶフレームワーク(ビジネス上の問題や課題を理解・解決するために用いる、考える枠組み、理解のための構造やポイントをパターン化して、論理化しやすくする。)の一つにSWOT分析があります。
 多くのビジネスマンが知っているSWOT分析ですが、実際に職場の会議やミーティングなどで使っている、と答える人は少ないです。SWOTとは、Strength(ストレングス=強み)、Weakness(ウイークネス=弱み)、Opportunity(オポチュニティ=機会・チャンス)、Threat(スレット=脅威)の頭文字をとった分析手法です。
今後の事業の目標を達成ための戦略や計画を考える場合、自分たちの事業をめぐる外部の市場環境や競合先の動向、内部の経営資源の状況などを正しく把握・分析することが不可欠です。そこでプロジェクトチームでは、この分析方法を活用します。ホワイトボードに書き込んで、スタッフに理解してもらう手法としても、わかりやすい方法です。
ここで、それぞれのJAの職場や事業などについて、強みと弱みを、思いつくままにたくさん項目を書き出してみてください。その項目を、強みと弱みで並べてみると、大事なことに気づきます。強みと弱みは、左右対象にあるということを。
たとえば、JAの強みは、総合事業をおこなっていることですが、弱みは、縦割り型の事業で連携ができていない。また、組合員組織があることは、JAの大事な強みですが、メンバーが高齢化し、活動が形式化していることが弱みです。このように、強みと弱みの項目が対象的で表裏の関係にあるとするなら、強みを伸ばすことで、弱みの解決につながるはずである、と考えるようになりました。
「強みを伸ばし、チャンスを活かす」私のコンサルティングで、よく使うフレーズです。要するに、強み・Sを伸ばし、機会・チャンス・Oを活かす、SWOT分析では、まずは、SとOを優先して取り組み、それを強化し、結果を求め行動するということです。
このSWOT分析は、JA組織全体を対象にしても抽象的な項目が並び、実践的ではないので、支店や事業所のような職場について使ってみると、取り組みやすいです。弱みや問題を改善するための取組みには、スタッフのみなさんのモチベーションは上がりませんが、強みを伸ばすという取組みには前向きな姿勢になりますから、結果も成果も期待できるのです。
コロナ禍で、問題山積で何から手を付ければいいかわからない、などという管理者もいますが、いまできること、やれることを、JAという組織の特性を思いめぐらし、近年の強みは何かを考えれば、すぐに行動に移せるヒントが見つかるのです。
弱みや問題を優先して解決・改善に取り組もうとしても、モチベーションが上がらず、実績に結びつかない、なぜうまくいかないのか、実績が上がらない理由は何か、といった原因を探すことに集中し、深掘りしていくだけで、多くの時間を費やし、対策ができたとしても、当面の改善策しか生み出せない、そこで、問題にこだわることで、問題をさらに深刻化させる危険性もあります。これは、何が何でも避けたいですね。

(伊藤喜代次)

【 Column:コラム ① 】

本当に、JAは“総合事業”を続けていくのですか?
〜この先の変化と革新を、本音で議論しませんか〜

『Harvard Business Review』(米国版:創刊1922年)の2015年10月号に驚愕の論文が載り、関係者を慌てさせました。"The Future and How to Survive It"という論文は、「今後、世界中の既存の銀行で、新たなイノベーションを起こせない場合に、その92%が10年以内に消滅すると予想」していて、とりわけ、「銀行窓口や受付業務、データ入力などの仕事は、テクノロジーの発達ならびに人工知能(AI)の発展によりどんどん代替が進んでいく」としています。
世界で一、二を競う大コンサルタント会社のマッキンゼーの研究者の論稿だから、ビジネス界への警鐘的な論文になるのは当然ですが、それにしても、金融界にはショッキングな論文でした。
ところで、わが国にフィンテック「FinTech」という造語が紹介されたのは1997年頃のこと。のちに平成不況とか、空白の20年とかいわれる時代がスタートした頃で、大手の金融機関がバタバタと連鎖的に破綻した年でもあります。97年11月に北海道拓殖銀行、翌週には山一證券が自主廃業、翌年には、日本長期信用銀行や日本債権信用銀行の政府系銀行が破綻。バブル崩壊、株価急落、先行き不安が大きく膨らんだ時期です。
当時、よく意味を解せず、新造語に敏感に反応することもなかった「Finance」と「Technology」の頭の部分を組み合わせた「フィンテック」が、本格的にビジネス界に登場するのは5年前から。以後、金融関係者が頻繁に使うようになりました。端的に言えば、ITの進化は金融機関の土台を突き崩す、というものです。
 事実、金融機関の業務領域を、ITの急激な進化が揺るがすことになり、キャッシュレス化の進展が金融機関の店舗や窓口、行員や職員の仕事の必要性にまで課題を突きつけたのです。 インターネットバンキングが始まって15年ほど経過しますが、その後のIT技術とその社会浸透の進化のスピード、金融・決済など新システムの登場と利用者の消費・決済行動の変化は実に劇的です。一方で、金融業態の対応や進化のスピードはスローなまま。それが当初の"Harvard Business Review"の記事につながるのです。
こんな“フィンテック”をめぐる金融界の話を書いていますが、友人の雑誌記者によれば、世の中の変化のスピードと最近の金融業界の対応のスピードに、雑誌の企画が追いつけない状況だと言います。なぜなら、昨今の業界ニュースは、業界全体の動きを読むのではなく、個別の金融機関の動きや変化に軸足を置いて情報収集していないと、変化の全体像が見えないというのです。たしかに、この数年の変化の大きさは、業界全体での動きではなく、個別の変化が線から面へと変化しているということのようです。
さらに、この2年から3年は、さらに予期しない変化が起きたり、まったく予想だにしなかった金融サービスなどが登場する、フィンテックが本格化し、次の時代を先取りする現実が生じそうだといわれています。

それで、JAの金融事業に目を向けると、多くのJAが、今後とも“総合事業”でやっていく、としているといわれています。率直に言って、本当に大丈夫ですか?とJAの経営者にお聞きしたいです。これまでの延長線上で金融事業を続けるという考えであるなら、再考すべきです。
たしかに、JAの強みは複数の事業を兼営し、組合員や地域の利用者にとって利便性の高い地域金融機関としての歴史を歩んできました。しかし、どうでしょうか? 冒頭の論文のような“新たなイノベーションを起こせない場合に、その92%が10年以内に消滅する”という意味を、冷静に客観的に、現在のJAの事業活動や経営状況を検討してみる必要があるのではないか。私の大きな心配はここにあります。
いままで通りの金融業務を続けていて、JAの事業の要(かなめ)として生き残れるだろうか、という疑問です。仮に、県下一つのJAになる合併があったとしても、です。よほどのイノベーション(革新)をめざした行動をいまから起こさない限り、不安は解消されないでしょう。
一緒に考えたいというJAの経営者がいらしたら、議論をしませんか? じっくり検討しませんか? 支店や支所という金融店舗の姿は間違いなく変わるでしょうし、通帳がなくなる日も近いでしょう。AI(人工知能)を活かした窓口業務の無人化、店舗以外での顧客接点、訪問と渉外のあり方など、いまから準備し、対応方向や方法について、JAのもつ強みを発揮しつつも、事業革新を図り、組合員や顧客視点で、商品や決済システムなどを考えていくことの必要性を痛感しています。
すでに、三菱UFJ銀行は、2023年度までに、全国の店舗のうち、窓口のある従来型の店舗を半分に減らし、省人化した新しい小型店舗などに切り替える計画を発表。行員削減、店舗削減など、想像を超える大改革に取り組む。

(伊藤喜代次)

コンサル&研修 JAのコンサル・
教育研修
相談(無料) コラム プロフィール